そんな報告をするなんて現代の寂しい風潮だ。
どういうツールになっていくんだTwitterは
そんな報告をしてくれなくても
大丈夫だったはずなのに
最近呟いてないけど生きてるかな、SNS覗いてみようっていうような、
ちょっとずつそういう世の中になっていっている。
なぜなら死んだ報告をする人がいるから
ツイッターというただのつぶやきツール
あたかもその中で生きている感覚にシフトされてきている。
Twitterで生きているので
つぶやく一つの内容で
この人はこういう人という他人からの
勝手な決めつけ、イメージ、キャラ付けが起こっている
ツイッターに呟く内容が全てではないのに。
わたしは他人に自分を理解される事を嫌う。
◯◯ちゃんってこういう人だよね。
と言われるのが好きではない。
人には二面性があり
時と場合
ケースバイケースがあるので
その時はそうだっただけ。
ただ、それだけの事象で
わたしを語ってくれるなと思う。
わたしが
ゲームの話題を載せたからといって
ただ好きなだけで四六時中ゲームしてるわけではない。
裏を返せば
ずっとゲームをして過ごしている
という情報操作は今のご時世とても容易い。騙しやすい。本当は本を読んでいる時間の方が長いのに。
一つの何の気ないつぶやきに限定された
概念はない。
本当はツイッターで生きなくても良い。
自分に他者からの意識が向いていると
寂しい錯覚をしなくてもいい。
はずなのに
会社員でも学生でも有名人でもアーティストでもYouTuberでも私生活をのぞきたいほど好きな人でも
SNSを追ってしまう
もう過去には戻れない
ミラクル☆ナイト